彼女は、新聞がルシタニア号の遭難を報じた日の朝、久々にその最初のクロワッサンにありついた。カフェ・オ・レにクロワッサンをひたしながら、そして手をパンから離すまでもなく、もう一方の手で新聞を大きく広げられるように軽く新聞をはじきながら、彼女は言うのだった。「なんて恐ろしい! どんなにむごい悲劇だって、こんなに恐ろしいことなんかありゃしないわ」。しかしこれらすべての溺死者たちの死も、彼女には十億分の一に縮小されて見えたにちがいない。なぜなら、口いっぱいに頬張りながらそのように悲しい考察をしたときに、彼女の顔に浮かんだのは、おそらく偏頭痛を鎮めるためにたいそう有効なクロワッサンの味に引き寄せられたのだろう、むしろ穏やかな満足の表情だったからだ。「失われた時を求めて」(M. プルースト著/鈴木道彦訳/集英社文庫)、第 12 巻(第七篇「見出された時」)より