百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2019年10月15日火曜日

「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部


昨日は、二三の締切の他にも色々と切り良く片付いたので、一段落のお祝いも兼ねて歌舞伎座に出かける。「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部。「三人吉三巴白浪」の通しと玉三郎・児太郎の「二人静」。

「三人吉三巴白浪」は和尚吉三に松緑、お坊吉三に愛之助、お嬢吉三に松也など。今回は序幕から大詰までの通し狂言。お嬢吉三はダブルキャストで奇数日は梅枝。私は梅枝が好きなのだが、松也のお嬢吉三にも興味があった。そもそも女装の盗人の役柄なわけだから、松也くらいの線の太さがあって丁度良い気がする。

お嬢吉三と言えば、今日初めてこれが八百屋お七のヴァリエーションだと気付いた。今まで気付いていなかった方が不思議ではあるが、私は普段それほどぼんやり観劇していると言えよう。それから、愛之助は化粧をすると仁左衛門に似てきたなあ。それはさておき、長い通し狂言ながらテンポよく飽かせず進み、全体に若々しく切れのある良い舞台だった。

「二人静」は静御前の霊に玉三郎、若菜摘に児太郎。前半がほとんどお能の静けさで、足袋の擦る音が聞こえるような緊張感。後半は玉三郎と児太郎の息もあって、前半との対照で振りも際立ち、踊りがよくわからない私ながら、ありがたいものを見せていただいた感だった。