百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2019年12月13日金曜日

「十二月大歌舞伎」昼の部、B プロ

 天気が良く、気温も高かった昨日、思い立って歌舞伎座へ。「十二月大歌舞伎」昼の部。「たぬき」、「保名」、「壇浦兜軍記(阿古屋)」という B プロ。ちなみに A プロでは「保名」の代わりに「村松風二人汐汲」。また阿古屋を演じるのが A プロは玉三郎、B プロは児太郎と梅枝のダブルキャスト。

「たぬき」は金兵衛に中車、お染に児太郎、蝶作に彦三郎など。誰でも自分の葬式はどんなものだろう、自分の死後、親しい人々はどんな風だろうと思うものだ。大仏次郎原作のこの舞台はおかしいような哀しいような、いい塩梅でこの夢を描く。特に「たぬき」という題名がいい。脇役だが、芸者お駒の笑也がそれらしくて良かった。

「保名」は玉三郎。昼食後、一杯飲みながらうとうとと夢現に玉三郎の舞踊を観る。大変結構な贅沢である。

この日の阿古屋は児太郎。琴、三味線、胡弓のどれも立派に弾いていた。この演目はどうも役者の演奏につい興味の中心が行ってしまって、芝居の内容に気持ちが向かない。女方ですもの素養として弾けて当然です、くらいの格が備わらないといけないのかも。


2019年11月14日木曜日

吉例顔見世大歌舞伎

 十一月は顔見世の季節。今月だけの櫓が出る。冷酒を一合ほど魔法瓶に詰めて、歌舞伎座へ。「 吉例顔見世大歌舞伎」昼の部。「研辰の討たれ」、「関三奴」、「梅雨小袖昔八丈」いわゆる髪結新三。

「研辰の討たれ」は研辰こと守山辰次に幸四郎、平井九市郎と才次郎の兄弟に彦三郎と亀蔵など。大正時代に作られたもので、「近代的な感覚にあふれた異色の敵討劇」とのことだが、今から見れば異色と言うよりむしろ怪作では。面白おかしくは演じられても、一体どういう性根でこの研辰を演じるものなのか謎だ。

「関三奴」は芝翫と松緑。私は踊りはよくわからないのだが、酒を飲みながら、三味線や鳴り物の音を聞きながら、舞踊を見るのは好き。

「髪結新三」は新三に菊五郎、家主長兵衛に左團次、手代忠七に時蔵、弥太五郎源七に團蔵など。左團次が長兵衛にぴったり。「お前もわからねえ野郎だなあ。十両と五両で十五両、鰹は半分もらったよ」の繰り返しが妙におかしいし、菊五郎の新三を上から睨みつける気迫もいい。


2019年10月15日火曜日

「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部


昨日は、二三の締切の他にも色々と切り良く片付いたので、一段落のお祝いも兼ねて歌舞伎座に出かける。「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部。「三人吉三巴白浪」の通しと玉三郎・児太郎の「二人静」。

「三人吉三巴白浪」は和尚吉三に松緑、お坊吉三に愛之助、お嬢吉三に松也など。今回は序幕から大詰までの通し狂言。お嬢吉三はダブルキャストで奇数日は梅枝。私は梅枝が好きなのだが、松也のお嬢吉三にも興味があった。そもそも女装の盗人の役柄なわけだから、松也くらいの線の太さがあって丁度良い気がする。

お嬢吉三と言えば、今日初めてこれが八百屋お七のヴァリエーションだと気付いた。今まで気付いていなかった方が不思議ではあるが、私は普段それほどぼんやり観劇していると言えよう。それから、愛之助は化粧をすると仁左衛門に似てきたなあ。それはさておき、長い通し狂言ながらテンポよく飽かせず進み、全体に若々しく切れのある良い舞台だった。

「二人静」は静御前の霊に玉三郎、若菜摘に児太郎。前半がほとんどお能の静けさで、足袋の擦る音が聞こえるような緊張感。後半は玉三郎と児太郎の息もあって、前半との対照で振りも際立ち、踊りがよくわからない私ながら、ありがたいものを見せていただいた感だった。

2019年9月25日水曜日

「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部、千秋楽

魔法瓶に一合ほど冷酒を詰め、歌舞伎座へ。「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部、千秋楽。本当は夜の部で、仁左衛門の「勧進帳」が観たかったのだが、大人気で良い席がとれず。今月は歌舞伎座通いをお休みするかな、と思わないでもなかったが、月一回の贅沢だ。私は役者の誰彼が好きとかこの演目が好きとか言うよりは、わかりきった芝居をお馴染の役者で見ながら、三味線などの音を聞きながら、飲みながら、食べながら、時々うとうとするのが好きなのである。

「極付幡随長兵衛」は幡随院長兵衛に幸四郎、女房お時に雀右衛門、水野十郎左衛門に松緑など。舞台の中に舞台をしつらえた劇中劇で始まる趣向で有名。大昔からどのジャンルにもある趣向とは言え、いかにも歌舞伎らしい気もする。それはさておき、意外にもと言えば失礼だが、幸四郎がなかなか貫禄があって俠客の親分らしかった。

「お祭り」は鳶頭に梅玉、二人の芸者に梅枝と魁春。長い演目の間に、こういうおめでたい踊りが入るのは悪くない。ちなみに私は梅枝の顔が好きだ。浮世絵の美人のような面長の感じが。

「沼津」は呉服屋十兵衛に吉右衛門、雲助平作に歌六、お米に雀右衛門など。安定感のある配役で、吉右衛門と歌六の息もあっている。導入部の楽しいかけあいから、後半「実は……」と真実が判明しての展開は、いかにも歌舞伎らしい演目だなあ、とあらためて思った。今回は、芝居の途中で突然、追善と千秋楽の口上が入ったりもしたので、なおさら歌舞伎らしさを感じたのかも。


2019年8月19日月曜日

「八月納涼歌舞伎」第一部

気の抜けたスパークリングワインの残りを水筒に詰め、歌舞伎座へ。八月は三部制の納涼歌舞伎である。第二部の猿之助と幸四郎の「東海道中膝栗毛」は例年通りの大評判で即完売、第三部の玉三郎の「雪之丞変化」も最早良い席がない。第一部は今日がお盆明けの月曜日のせいか辛うじて良い席に空きがあり、天気予報によれば気温も低めなので、思い立って出かけた次第。「伽羅先代萩」と「闇梅百物語」。

「伽羅先代萩」は政岡に七之助。八汐と仁木弾正に幸四郎、栄御前に扇雀など。これまで何度も何度も見ているし、私は子役嫌いなのであまり好きな演目でもないのだが、政岡の役を七之助が初めて勤めるのが見所。

そして七之助の政岡は意外に良かった。政岡は女方最高峰の役とされていて、とにかく難しい上に、重厚さと品格が必要だという。しかし、政岡は小さな子供のいる若い女である。男勝りゆえの直情型の浅はかさ、という側面もあるのではないか、などと七之助の素直な演技から深読みさせられた。あと、沖の井の児太郎がきりっとして良かった。座っている姿が美しい。単に私が児太郎贔屓だからではないと思う。

「闇梅百物語」は読売(実は妖怪)に幸四郎、大内義弘(と狸)に彌十郎など。色々なお化けが踊ったり、お化けに見立てて腰元たちが踊ったりがメインの、筋があるようなないような他愛もない舞踊劇。夏らしいと言えば夏らしいし、先代萩のような重い演目のあとの息抜きに良い組み合わせだったかも。

2019年6月27日木曜日

思い上がりとむなしさ

われわれは、全地から、そしてわれわれがいなくなってから後に来るであろう人たちからさえ知られたいと願うほど思い上がった者であり、またわれわれをとりまく五、六人からの尊敬で喜ばせられ、満足させられるほどむなしいものである。
パスカル『パンセ』(前田陽一・由木康訳/中公文庫)、第二章「神なき人間の惨めさ」、一四八

2019年6月24日月曜日

仮想の生活

われわれは、自分のなか、自分自身の存在のうちでわれわれが持っている生活では満足しない。われわれは、他人の観念のなかで仮想の生活をしようとし、そのために外見を整えることに努力する。われわれは絶えず、われわれのこの仮想の存在を美化し、保存することのために働き、ほんとうの存在のほうをおろそかにする。そして、もしわれわれに、落ち着きや、雅量や、忠実さがあれば、それをわれわれの別の存在に結びつけるために、急いでそれを知らせる。それを別のほうに加えるために、われわれから離すことだってしかねないのである。勇敢であるとの評判をとるためには、進んで臆病者にだってなるだろう。
パスカル『パンセ』(前田陽一・由木康訳/中公文庫)、第二章「神なき人間の惨めさ」、一四七より

2019年6月20日木曜日

作品番号2「モンドリアン・ブギウギ」

第 2 作目は編み込みに挑戦してみた。デザインはモンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」(1943)を胸に編み込みで再現したもの。背中側にもコンポジション作品を入れようかとも思ったが、うるさい感じになりそうなので、デザイン案の段階で却下。制作期間は丁度二ヶ月。毛糸は並太アクリルで、6 色使用。

もとの「ブロードウェイ・ブギウギ」はほとんど縦横が等間隔の直線で描かれているように見えてあちこち微妙にずれている。そこで、絵のコピー画像の上に縦横に線を引いて色の場所を微調整してから、編み込みのデザイン画に起こした。

縦横に平行な線しかないので初めての編み込みに丁度良いかと思ったのだが、数目毎や時には一目毎に毛糸を変えるような箇所が非常に多くて難しい。結果、どう考えても素人向きではないデザインだとすぐに悟ったが、編み始めてしまった以上、最後まで一応はやり遂げた。

そのおかげかどうか、並太の毛糸で編める程度の編み込みなら大抵のものはできそう、という自信を得た。おそらく次回は、この半分くらいの細い毛糸で、もっと繊細なデザインに挑戦したい。絵柄としては和風がいいかな。

2019年6月13日木曜日

「六月大歌舞伎」昼の部

月に一度の贅沢三昧。冷酒を一合だけ水筒に詰め、三越の地下でクレソンとひじきのサラダと今半のすきやき弁当を買って、歌舞伎座へ。「六月大歌舞伎」の昼の部。今月の夜の部は「三谷かぶき」が大評判で大入り満員、ほとんどの日は早々に全席完売し、毎夜カーテンコールの嵐と聞く。おかげで昼の部は比較的空いているよう。

「寿式三番叟」の三番叟を幸四郎と松也で。二人とも若々しく、そろった振りに切れがあり、なかなか見応えがあった。

「女車引」は松王丸、梅王丸、桜丸それぞれの妻を魁春、雀右衛門、児太郎で。車引の様子や賀の祝いの料理の支度の様子を振りで見せる踊り。多分、初めて観る演目のはず。三人とも上手だし、なかなか趣きがあって良かった。単に私が児太郎贔屓だからではないと思う。最近、おどりがわかってきたわけではないが、「ふーん」という感じでわりと面白く観られる。慣れてきただけだろうか。

「梶原平三誉石切」は梶原平三景時を吉右衛門、六郎太夫を歌六、梢を米吉など。安定感のある配役で、吉右衛門も貫禄。

「恋飛脚大和往来」は忠兵衛に仁左衛門、傾城梅川に孝太郎、八右衛門に愛之助など。御存知、「封印切り」である。やはり若旦那をやらせると仁左衛門は無敵。少し頼りなく、アホなところもあるが、何とも言えぬ品と愛嬌があって、おっとりとした「ええしの不良ぼん」感は最強。舞台ではせいぜい四十くらいにしか見えないが実際は相当のお歳なので、長く観られるものではないはず。仁左衛門とともに「関西の若旦那」は虚実ともに絶滅するのではないかとさえ思う。

仁左衛門の他には、脇役だがおえんを演じた秀太郎が良かった。この人のおかみ役も無敵だと思う。前世でお茶屋をやっていたのではないか。愛之助も嫌味な役を頑張ってこなしていたし、総合的にも今月の「封印切り」は非常に良かったと思う。余裕があればもう一回観たいくらい。

2019年5月23日木曜日

「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部

 隠居の身としては贅沢は禁物なのだが、孤独死までの老い先も短かいことだし、たまの散財は冥土の土産として許されよう。いただきものの「紀土」大吟醸を一合ほど水筒に詰め、三越の地下でお弁当を誂えて、歌舞伎座へ。往路では『続 歌舞伎への招待』(戸板康二/岩波現代文庫)の「白拍子花子」の章で予習。さて今月の夜の部は「鶴寿千歳」、「絵本牛若丸」、「京鹿子娘道成寺」、「曽我綉俠御所染」。

「鶴寿千歳」は昭和天皇御即位の大礼を記念して作られた箏曲の舞踊だそうで、歴史的観点から興味深かった。いわゆる萬歳楽。賢帝が即位されると鳳凰が現れるそうだが、この曲では大臣と女御が雄鶴と雌鶴(松緑と時蔵)に姿を変えて萬歳楽を奏でるという趣向。

「絵本牛若丸」は七代目尾上丑之助の初舞台のための演目。寺島家のホームパーティに招かれた感の一幕。他愛もない見物だが、これもまた歌舞伎の一面。

「京鹿子娘道成寺」は白拍子花子を菊之助。踊りがわからない私とは言え、「道成寺」は華やかだし、綺麗だし、変化も多いので、大曲を飽かず観られる。菊之助は華麗かつ上品。難しいことをそつなくさらっとやる感じ。それに、当然かも知れないが、羯鼓を叩く振りが鼓の音にぴったり合っているのに感心した。

「曽我綉俠御所染」は御所五郎蔵を松也、傾城皐月を梅枝、土右衛門を彦三郎など。松也はこういうまっすぐな役が似合うし、梅枝は好きな女方なので、嬉しい組み合わせ。黙阿弥の芝居には、筋なんかどうでもいいから七五調の歌うような台詞を聞く心地良さがある。その面では彦三郎の声が大きく通っていい感じだった。


2019年4月19日金曜日

作品番号1「ミルクチョコレート」

橋本治が亡くなったのをきっかけに、『男の編み物 橋本治の手トリ足トリ』(河出書房新社)を引っ張り出し、追悼の意味でセーターを編んでみた。丁度、一ヶ月で完成。昔一度この本で編み始めて途中で挫折したのだが、今回、生まれて初めてセーターを最後まで編み上げた。

初めて作るセーターは「極めて前衛的」になりがちなので地味な色を選ぶように、との同書のアドバイスを受け、焦げ茶色とベージュで「ミルクチョコレート」をイメージして編んでみた。あちこち目が抜けていたり、からんでいたりするし、手でこねくりまわしているので出来た時点で既にヨレヨレになっていたり。
















しかし、一通りの工程を最後まで編んだことで「理屈はわかった」感。「着てみて、満足するなり首をひねるなりを、思う存分にやってみてください。良きにつけ、悪しきにつけ、それこそが、あなたの編んだセーターなのです」(同書より)。

編み物の「理屈」の他にも、どこは手を抜いていいか、どこはきっちりやらなくていけないかの勘所も少しわかった。どうせ初めてだしと思って、型紙は定規すら使わず随分いいかげんに作ったのだが、出来上がりは自分のサイズにぴったり。編み込みなどのデザインがなければ、これで十分かも。

一方で、「はぎあわせ」や「とじつけ」は 10 目程度ずつの狭い間隔で目印の仮縫いをしておかないと、仕上りが無惨やな、になる。この「はぎあわせ」など、編んだものをくっつける工程は技術的にも難易度が高いし、仕上りの美しさを左右する。

あとは、やはり編みもののほぼ全体を占めるメリヤス編みの目の綺麗さ。これは、力を抜いてすいすい編むことで、ようやく目が揃ってくるので、慣れと訓練あるのみ。一着縫い終わる頃になって、ようやく力が抜けてきたかな、という感じ。

一着編んでみると、編み物はなかなか楽しい。色んな工程があるし、日々少しずつ出来上がっていくのもいいし、完成すると充実感がある。楽に編めるようになってきたことだし、次はデザインの楽しさも追加して編み込みに挑戦してみようと思っている。

2019年4月13日土曜日

「四月大歌舞伎」夜の部

月に一度の贅沢をしに歌舞伎座へ。三越の地下で四月らしいお弁当を買って行く。「四月大歌舞伎」夜の部。「実盛物語」、「黒塚」、「二人夕霧」。

布引こと「源平布引滝 実盛物語」は仁左衛門の実盛。丁度行きの車中、『続 歌舞伎への招待』(戸板康二/岩波書店)で五代目菊五郎が初役の羽左衛門(当時、家橘)の実盛を評した芸談を読んだところだったので、興味深く観た。五代目によれば、葵御前に「泳ぎ参るとおぼしめせ」と世話にくだけて言うところは、三津五郎が始めた型だとか。それはさておき、仁左衛門は時代ものでも笑いを誘うような場面では世話風と言うか、ちょっと和事っぽい雰囲気が出るのが悪くない。


「黒塚」は老女岩手実は安達原の鬼女に猿之助。私は踊りはよくわからないのだが、舞踊劇だとまだ物語性もあるので、それなりに楽しく観られる。岩手が一人で踊る二場めが美しく、現代的な演出が効いていて良かった。

「二人夕霧」は伊左衛門に鴈治郎、後の夕霧に孝太郎、先の夕霧に魁春など。「吉田屋」の後日談、という恰好になっているパロディ舞踊劇。面白おかしくも馬鹿馬鹿しいお話だが、基本的に踊りであるところが味噌で、おかげでだれるような気もするが、そこが上品な気も。しかし、兎に角おめでたい感じがいい。鴈治郎だからいいのかも。ところで、後の夕霧が相変わらず笄を一杯差した傾城風の恰好のまま、蛸をぶら下げて腰をふりふり花道を帰ってくるところがキッチュで、歌舞伎の美を感じた(笑)。




2019年3月31日日曜日

「人類」についての現在の見通し

現在、種としての人類は発狂しており、精神的自制ほどわれわれに急を要するものはないといったとしても、ほとんど誇張ではない。もしある個人が、その指導理念において、自己や他人にとって危険となるほど、彼の環境に不適応な状態になっているとすれば、われわれは彼を狂気と呼ぶ。この狂気の定義は、現在における全人類にあてはまるように思われるが、(……)
『世界史概観』(H.G.ウェルズ著/長谷川文雄・阿部知二訳/岩波新書)、第70章「『人類』についての現在の見通し」より

2019年3月19日火曜日

いろいろなことと挫折

いろいろなことをやってしまうと、「あの人はいろいろなことがやれる人だ」という錯覚が生まれる。しかし、「いろいろなことがやれる」は結果論であって、なぜ人が「いろいろなこと」をやるのかと言えば、「いろいろなことをやらざるをえないから」であって、その人のやった「いろいろなこと」とは、壁にぶつかったその人が示す、挫折の数であり、試行錯誤の数でしかないのである。
一つのことしかやらないですんでいる人は、「他に能がないから」などと、謙遜して自分を語ったりするが、それは「能がない」ではない。挫折を知らずにすんでいるだけなのである。
『「わからない」という方法』(橋本治/集英社新書)より

2019年3月11日月曜日

高橋先生のこと

先日の三月三日、高橋陽一郎先生がお亡くなりになった。

私が大学四年生の頃、就職をする気もなかったのだが、大学院に行ってどうなるものでもないし、どうしたものかなあ、と思いつつ、先生から「来年どうするの」と訊かれ、「進学しようかなあと……」と口を濁すと、「うん、むいてるかもね」とおっしゃっていただいたのが、先生から本格的にご指導いただく日々の始まりだった。

先輩方からは怖い先生だと聞いていて、実際、怖い先生だったのだが、私が進学したころからは柔らかくなったとのことである。事実、私が厳しく叱責されたのは、以前に「池田先生のこと」に書いた一回だけだった。とは言え、一週間に一回の修士ゼミ、博士ゼミは毎回とても恐しかった。

ゼミでは論文を読んだ話をするか、自分の研究の話をするかだが、後者はもちろん、前者ですら進展がないことがある。学生が皆そうだとなると、どうやって今週のゼミを穏やかにやり過すかという作戦を練る(大体が「継投策」だ)。そして、おそるおそる 4 階の院生室から先生の研究室に降りて行き、びくびくしながらノックをして、今日のゼミをお願いします、と言うわけだ。そして大抵、穏やかには済まされないのだった。

学生の頃の私はあまり意識していなかったが、先生は変わったタイプの数学者だったようだ。一言で言えば、あまり論文を書かない。先生が書いた一番良い論文は学生時代に書いた論文だという悪口も聞いたことがある。しかし、確率論やエルゴード理論や力学系の広い分野で一目も二目も置かれていた。その理由は、表面的には、「(仕事はしないが)頭が良い、キレる」ことと「面白いホラを吹く」ことだったように思う。

数学者の「頭の良さ」には色々あるが、私が感じた先生の鋭さは、問題を初等的な線形代数や微積分のパズルに落とし込む鮮やかな手並みだった。先生は抽象論より、具体的な小さな問題を好んだ。素朴なモデルで本質は言い尽せると思っていて、大きな抽象論は信用していなかった。それだから、と言うべきか、理論構築は苦手だった。そんなスタイルが若い頃に留学していたソ連(ロシア)の数学と関係があるのかどうか、私にはわからない。しかし、独特の深い数学観を持っていた。

「面白いホラを吹く」は数学者独特の言い回しで、(正しいかどうか怪しいが)興味深い方向性を示したり、問題の本質を見抜いたりする、という意味合いである。先生はその意味で、研究を刺激する大きな影響力があったと思う。が、仕事をしない。理論を作るタイプでもない。おそらく、論文のインパクトファクタだけで能力が測られるような当世では、ほとんどいなくなった、ひょっとしたら絶滅した類の数学者かもしれない。

私は先生の某共著論文を読むことから研究の真似事を始めたのだが、後年、先生はその論文について、「自分がもし確率論の研究者だと思われているなら、それは W 先生とあの共著論文を書いたからだ」と私にこぼされた。その論文がご自慢だったのだろう。しかし、その珍しく謙虚な表現に、やはり先生ご自身、生産的でもなければ、理論も作らないことに複雑な思いを持っているのかもしれない、と感じたことであった。しかし、私は先生のようなタイプの数学者が好きだったし、今も好きだ。

晩年の先生は、私が学生だった頃、つまり教養学部基礎科学科第一の頃を、一番楽しかった良い時代として思い返されていたようだ。最も多くの学生に囲まれ、毎週のゼミでわいわいやっていた頃だからだろう。今、私はそのことを一番に嬉しく思う。

2019年3月8日金曜日

三月大歌舞伎

不景気とは言え、月に一度くらいは贅沢をするか。冷酒一合を水筒に詰めて歌舞伎座へ。三越の地下で、筍と海老団子の惣菜と「弁松」の幕の内弁当を買って行く。昼の部、「女鳴神」「傀儡師」「傾城反魂香」。

「女鳴神」は「鳴神」の男と女を逆さまにした演目。鳴神上人ならぬ鳴神尼に孝太郎、雲の絶間姫ならぬ雲野絶間之助に鴈治郎。男の色香に迷わせて鳴神尼から神通力を奪う、水もしたたる二枚目、雲野絶間之助が鴈治郎。鴈治郎が雲野絶間之助ですよ。どうだろうと思ったが、意外にも(失礼)鴈治郎がきっちり美男だったし、孝太郎も良かった。妖怪と化した鳴神尼を討ち取る佐久間玄蕃盛政も鴈治郎。鴈治郎の顔の大きさは無敵。

幸四郎の「傀儡師」。洒落た舞踊だが、味わうのが難しい演目である。が、たまたまこの前の年末の邦楽の会で、解説つきで「傀儡師」を観ていたため、今回なるほどと思いながら楽しめた。私は踊りはわからないのだが、幸四郎が上手にすらすら踊っていた気がする。

「傾城反魂香」序幕は、狩野四郎二郎に幸四郎、銀杏の前に米吉、狩野雅楽之助に鴈治郎など。鴈治郎がまた活躍。二幕目「土佐将監閑居の場」はいわゆる吃又、吃りの又平に白鸚、おとくに猿之助、土佐将監光信に彌十郎など。

観劇の気分を盛り上げるために、『続 歌舞伎への招待』(戸板康二/岩波現代文庫)を持参して合間に読んでいたのだが、たまたま「吃り」の演技を名優の芸談で論じているところに出会い、期待が不自然に高まってしまった。そのせいで白鸚にもうひとつ満足できなかったかも。

 

2019年2月25日月曜日

平穏な生活

人々からの損われることのない安全は、煩いごとを排除しうる何らかの力によっても、或る程度までは得られるけれども、その最も純粋な源泉は、多くの人々から逃れた平穏な生活から生まれる安全である。
『エピクロス —教説と手紙—』(出隆・岩崎允胤訳/岩波文庫)、「主要教説」十四

2019年2月24日日曜日

エルスチールの叡智

「どんなに賢明な人でも」とエルスチールは私に言った、「青春のある時期に、想い出しても不愉快で抹消したくなるようなことばを口にしたり、そんな人生を送ったりしなかった者など、ひとりもありません。しかしそれはひたすら後悔すべきものでもないんです。まずはありとあらゆる滑稽な人、忌まわしい人になったあとでなくては、なんとか曲がりなりにも最終的に賢人になどなれるわけがありません。(……中略……)人間は、他人から叡智を受けとるのではなく、だれひとり代わりにやってもくれず逃れることもできない道程の果てに自分自身で叡智を発見しなければならないのです。……」
 『失われた時を求めて 4』(プルースト/吉川一義訳/岩波文庫)より。(第二篇「花咲く乙女たちのかげに」、第二部「土地の名—土地」)

2019年2月9日土曜日

二月大歌舞伎

急に寒くなった夕方、熱燗を魔法瓶に入れ、「古市庵」で穴子巻と稲荷寿司各種を買って、歌舞伎座へ。「二月大歌舞伎」夜の部。「熊谷陣屋」、「當年祝春駒」、「名月八幡祭」。

「熊谷陣屋」は直実に吉右衛門、相模に魁春、藤の方に雀右衛門、弥陀六に歌六など。何度めだ熊谷陣屋の感もあるが、今回はバランス良くヴェテランを揃え、非常に良い舞台だったのでは。特に魁春、歌六が品良く、かつ重厚で良かった。この二人を見ると、昔の人は確かにこんな座り方をしていた、こんな佇まいだった、と思うことが多い。

「當年祝春駒」は曽我ものの長唄舞踊。曽我五郎と十郎に左近と錦之助、工藤祐経に梅玉など。先月も曽我もので春駒を観たが、今月も年越し(節分)だし、おめでたくて良い。特に若者中心で見ためが綺麗。聞いたところでは、左近はまだ子供ながら、すでに踊りが上手と言われているそうな。踊りがわからない私の目にも、立派に様になっている気がした。

「名月八幡祭」は縮屋新助に松緑、美代吉に玉三郎、三次に仁左衛門、藤岡慶十郎に梅玉など。辰之助三十三回忌追善狂言ということで、松緑を人気俳優が囲む形。だから当然なのだが周りが豪華過ぎて、特に玉三郎と仁左衛門にいちゃいちゃされていては、松緑が目立たない。また、純朴な田舎商人という役柄が松緑にしっくり来ない気もする。そもそも脚本と演出が現代的で、演じるのも観るのも難しい演目になっているせいかも。色々と思うところのあった芝居だが、とりあえず、玉三郎の深川芸者は色っぽくて、悪気はないのだろうがこんな姐さん相手じゃ悲劇もしょうがない……的な雰囲気が良く出ていた。


2019年1月17日木曜日

初芝居「壽 初春大歌舞伎」

さて、今月も冥土の土産と言い聞かせて、歌舞伎座へ贅沢に行く。しかし、せめてもの節約心、自分でサンドウィッチを作り、余った食パンを焼いて小さく切り、冷蔵庫で腐りかけていた、いや、熟成していたチーズと一緒に詰めて、ワインも水筒で持参。

「舌出三番叟」は芝翫と魁春。踊りはよくわからない私だが、おめでたい感じが良かったし、息もよくあっていたのでは。

「吉例寿曽我」は曽我箱王に芝翫、一万に七之助、舞鶴に児太郎。単に私が児太郎贔屓だからかもしれないが、舞鶴の女暫が良し。そして梛の葉に福助登場。歩きはしなかったが、動きも台詞もしっかりしていた。初春には曽我ものがお約束だし、これまたおめでたい。

「廓文章」の吉田屋は伊左衛門に幸四郎、夕霧に七之助。この二人は若くて綺麗なのが何と言っても良いところだが、伊左衛門の「あほぼん」ぶりがややわざとらしく、演じてますよという感じ。そもそも「あほぼん」は関西人にしか本当の味が出せないというのが私の持論なので、厳しく見過ぎかもしれない。

「一條大蔵譚」は一條大蔵長成に白鸚、常盤御前に魁春、鬼次郎に梅玉、お京に雀右衛門など。大蔵卿が平家全盛の世に「アホ」のふりをしている話。作り阿呆が人を馬鹿にしているように見えてはいけないわけで、作り阿呆にせよ、あほぼんにせよ、アホの真髄はやはり上方でないと……と思ってしまうのは私の偏見だろうか。

全体に初芝居に相応しいおめでたい舞台で良かった。今年の運が開けそう……かも。



2019年1月12日土曜日

Almost Over

老人は、眼鏡を注意深く片方ずつ耳にかけた。「わしは、日々生き残るってことについては十分な知識を持っとる。世間でわしくらいその道の専門家はいないよ。それでどのくらい助かったことか。わしの人生、二語でいえるのだが、きみ、知りたいと思わんかい?」老人は胸のつぶれる思いで、もう一度棺を見下ろした。「二語でだぞ!」というなりダイアモンドはもう絶叫していた。「もう少しだ(Almost)! 終った(Over)! この二語のおかげで、わしは信じてもおらん神に日々感謝しとるのよ」
『チャーリー・ヘラーの復讐』(R.リテル/北村太郎訳/新潮文庫)より

2019年1月10日木曜日

ジェームズ・ボンドと美食

「許してくれなきゃ困るが、わたしは飲んだり食ったりすることに、ばからしいくらい喜びを感じるんだ」ボンドはいった。「ひとつには、ひとり者だからなんだろうが、それよりも何ごとにもこまかいことにまでうんと苦労するという癖がおもな理由らしい。……」
『カジノ・ロワイヤル』(イアン・フレミング/井上一夫訳/創元推理文庫)