百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2019年6月13日木曜日

「六月大歌舞伎」昼の部

月に一度の贅沢三昧。冷酒を一合だけ水筒に詰め、三越の地下でクレソンとひじきのサラダと今半のすきやき弁当を買って、歌舞伎座へ。「六月大歌舞伎」の昼の部。今月の夜の部は「三谷かぶき」が大評判で大入り満員、ほとんどの日は早々に全席完売し、毎夜カーテンコールの嵐と聞く。おかげで昼の部は比較的空いているよう。

「寿式三番叟」の三番叟を幸四郎と松也で。二人とも若々しく、そろった振りに切れがあり、なかなか見応えがあった。

「女車引」は松王丸、梅王丸、桜丸それぞれの妻を魁春、雀右衛門、児太郎で。車引の様子や賀の祝いの料理の支度の様子を振りで見せる踊り。多分、初めて観る演目のはず。三人とも上手だし、なかなか趣きがあって良かった。単に私が児太郎贔屓だからではないと思う。最近、おどりがわかってきたわけではないが、「ふーん」という感じでわりと面白く観られる。慣れてきただけだろうか。

「梶原平三誉石切」は梶原平三景時を吉右衛門、六郎太夫を歌六、梢を米吉など。安定感のある配役で、吉右衛門も貫禄。

「恋飛脚大和往来」は忠兵衛に仁左衛門、傾城梅川に孝太郎、八右衛門に愛之助など。御存知、「封印切り」である。やはり若旦那をやらせると仁左衛門は無敵。少し頼りなく、アホなところもあるが、何とも言えぬ品と愛嬌があって、おっとりとした「ええしの不良ぼん」感は最強。舞台ではせいぜい四十くらいにしか見えないが実際は相当のお歳なので、長く観られるものではないはず。仁左衛門とともに「関西の若旦那」は虚実ともに絶滅するのではないかとさえ思う。

仁左衛門の他には、脇役だがおえんを演じた秀太郎が良かった。この人のおかみ役も無敵だと思う。前世でお茶屋をやっていたのではないか。愛之助も嫌味な役を頑張ってこなしていたし、総合的にも今月の「封印切り」は非常に良かったと思う。余裕があればもう一回観たいくらい。