百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2019年2月9日土曜日

二月大歌舞伎

急に寒くなった夕方、熱燗を魔法瓶に入れ、「古市庵」で穴子巻と稲荷寿司各種を買って、歌舞伎座へ。「二月大歌舞伎」夜の部。「熊谷陣屋」、「當年祝春駒」、「名月八幡祭」。

「熊谷陣屋」は直実に吉右衛門、相模に魁春、藤の方に雀右衛門、弥陀六に歌六など。何度めだ熊谷陣屋の感もあるが、今回はバランス良くヴェテランを揃え、非常に良い舞台だったのでは。特に魁春、歌六が品良く、かつ重厚で良かった。この二人を見ると、昔の人は確かにこんな座り方をしていた、こんな佇まいだった、と思うことが多い。

「當年祝春駒」は曽我ものの長唄舞踊。曽我五郎と十郎に左近と錦之助、工藤祐経に梅玉など。先月も曽我もので春駒を観たが、今月も年越し(節分)だし、おめでたくて良い。特に若者中心で見ためが綺麗。聞いたところでは、左近はまだ子供ながら、すでに踊りが上手と言われているそうな。踊りがわからない私の目にも、立派に様になっている気がした。

「名月八幡祭」は縮屋新助に松緑、美代吉に玉三郎、三次に仁左衛門、藤岡慶十郎に梅玉など。辰之助三十三回忌追善狂言ということで、松緑を人気俳優が囲む形。だから当然なのだが周りが豪華過ぎて、特に玉三郎と仁左衛門にいちゃいちゃされていては、松緑が目立たない。また、純朴な田舎商人という役柄が松緑にしっくり来ない気もする。そもそも脚本と演出が現代的で、演じるのも観るのも難しい演目になっているせいかも。色々と思うところのあった芝居だが、とりあえず、玉三郎の深川芸者は色っぽくて、悪気はないのだろうがこんな姐さん相手じゃ悲劇もしょうがない……的な雰囲気が良く出ていた。