百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2020年2月18日火曜日

「二月大歌舞伎」夜の部

 昨日の午後はほがらかな陽気だったので、思い立って歌舞伎座の夜の部に行く。魔法瓶に入れた冷酒と、近所で買った太巻に柚子入りの稲荷寿司など。今月は十三世仁左衛門の二十七回忌追善狂言。昼の部は今の仁左衛門の「菅原伝授手習鑑」だし、また、このご時世だからだろうか、夜の部はかなり空いていた。

「八陣守護城」湖水御座船の場は、正清に我當など。かつて十三世仁左衛門が九十歳でこの正清をつとめたそうで、そのゆかり。確かにほとんど動きのない役だし、我當も相当のお歳だが、立派な舞台だった。

「羽衣」は玉三郎と勘九郎。私は踊りがよくわからないので、舞踊を観るときは「まだやっているのか」と時間が経つのを遅く感じることさえあるが、玉三郎は見惚れている間に時が過ぎる。

「文七元結」は長兵衛に菊五郎、女房お兼に雀右衛門、角海老のお駒に時蔵、文七に梅枝など。落語でお馴染の人情話。時蔵が吉原の女将らしく、その語りもしんみりしていて、いい雰囲気だった。本来、年の瀬のお話だが、おめでたくありがたい。

「道行故郷の初雪」は忠兵衛に梅玉と梅川に秀太郎、万才に松緑。秀太郎は十三世仁左衛門の忠兵衛を相手にしばしば梅川を演じたそうで、そのゆかりの追善狂言。封印切りの忠兵衛と梅川の道行き、途中で偶然出会った万才が鼓を持って二人に踊りを見せるのが、ちょっと不思議な感じで歌舞伎らしい。