百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2020年1月27日月曜日

作品番号3「これはパイプではない」

第3作のテーマは「文字」の編み込み。マグリットの「イメージの裏切り」をデザイン化して、パイプの絵の部分を前身頃に、"Ceci n'est pas une pipe" の文章を袖に入れてみた。後身頃は無地だが、ベージュ、焦げ茶、黒、水色の横縞模様。毛糸は並太アクリル、6 色使用。特に気を使ったのは、文字フォントのデザイン。オリジナルの筆記体的な文字を粗い目でもなんとか再現することを目指した。

次は、もっと目を細かくして本格的な絵に見えるような編み込みに向かうか、もしくは、ほとんど無地でも丁寧に編んでセーターとしての品質向上を目指すか、どちらかを考えたい。

2020年1月6日月曜日

「壽 初春大歌舞伎」夜の部

天気も良いことだし、年末年始の贅沢を締め括って初芝居と行こう。自作のマカロニサラダと白ワインを持参して歌舞伎座へ。五斗三番叟、連獅子、三島由紀夫の「鰯賣戀曳網」という新春に相応しくおめでたい尽しの夜の部。

「義経腰越状」は五斗兵衛盛次に白鸚。義経がらみのストーリィがあるとは言え要は、五斗兵衛が大酒を飲んでハチャメチャな三番叟を舞い踊るという、それだけの一幕。歌舞伎らしくめでたい。弾むような三味線の音が良かった。

続いて「連獅子」。歌舞伎舞踊と言えば連獅子の毛振り。戸板康二の『歌舞伎への招待』(岩波現代文庫)によれば、これを「狂う」と言うのだそうで、獅子の野獣的な動きを形容する動詞だとか。親獅子の猿之助と仔獅子の團子は息がぴったり。特に團子は振りが大きくてキレが良く、踊りのわからない私にも恰好良く見えた。

「鰯賣戀曳網」は鰯売りの猿源氏に勘九郎、傾城蛍火に七之助。三島由紀夫のダークサイドが隠されて、明るさとユーモアだけが花開いた、屈託のない大らかな作品。まさに喜劇はかくありたい。つまり、日本人がまだ愚かさという徳を持っていた頃を偲ばせるものでありたい。三島由紀夫の天才的な美意識の高さ、手先の器用さ、古典理解の深さがあってこそ可能だったわけだが、今の小賢しいだけの我々にはもう不可能なのかもしれない。若々しく姿の良い勘九郎と七之助がこの演目向き。お正月らしい良い舞台だった。


2019年12月13日金曜日

「十二月大歌舞伎」昼の部、B プロ

 天気が良く、気温も高かった昨日、思い立って歌舞伎座へ。「十二月大歌舞伎」昼の部。「たぬき」、「保名」、「壇浦兜軍記(阿古屋)」という B プロ。ちなみに A プロでは「保名」の代わりに「村松風二人汐汲」。また阿古屋を演じるのが A プロは玉三郎、B プロは児太郎と梅枝のダブルキャスト。

「たぬき」は金兵衛に中車、お染に児太郎、蝶作に彦三郎など。誰でも自分の葬式はどんなものだろう、自分の死後、親しい人々はどんな風だろうと思うものだ。大仏次郎原作のこの舞台はおかしいような哀しいような、いい塩梅でこの夢を描く。特に「たぬき」という題名がいい。脇役だが、芸者お駒の笑也がそれらしくて良かった。

「保名」は玉三郎。昼食後、一杯飲みながらうとうとと夢現に玉三郎の舞踊を観る。大変結構な贅沢である。

この日の阿古屋は児太郎。琴、三味線、胡弓のどれも立派に弾いていた。この演目はどうも役者の演奏につい興味の中心が行ってしまって、芝居の内容に気持ちが向かない。女方ですもの素養として弾けて当然です、くらいの格が備わらないといけないのかも。


2019年11月14日木曜日

吉例顔見世大歌舞伎

 十一月は顔見世の季節。今月だけの櫓が出る。冷酒を一合ほど魔法瓶に詰めて、歌舞伎座へ。「 吉例顔見世大歌舞伎」昼の部。「研辰の討たれ」、「関三奴」、「梅雨小袖昔八丈」いわゆる髪結新三。

「研辰の討たれ」は研辰こと守山辰次に幸四郎、平井九市郎と才次郎の兄弟に彦三郎と亀蔵など。大正時代に作られたもので、「近代的な感覚にあふれた異色の敵討劇」とのことだが、今から見れば異色と言うよりむしろ怪作では。面白おかしくは演じられても、一体どういう性根でこの研辰を演じるものなのか謎だ。

「関三奴」は芝翫と松緑。私は踊りはよくわからないのだが、酒を飲みながら、三味線や鳴り物の音を聞きながら、舞踊を見るのは好き。

「髪結新三」は新三に菊五郎、家主長兵衛に左團次、手代忠七に時蔵、弥太五郎源七に團蔵など。左團次が長兵衛にぴったり。「お前もわからねえ野郎だなあ。十両と五両で十五両、鰹は半分もらったよ」の繰り返しが妙におかしいし、菊五郎の新三を上から睨みつける気迫もいい。


2019年10月15日火曜日

「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部


昨日は、二三の締切の他にも色々と切り良く片付いたので、一段落のお祝いも兼ねて歌舞伎座に出かける。「芸術祭十月大歌舞伎」夜の部。「三人吉三巴白浪」の通しと玉三郎・児太郎の「二人静」。

「三人吉三巴白浪」は和尚吉三に松緑、お坊吉三に愛之助、お嬢吉三に松也など。今回は序幕から大詰までの通し狂言。お嬢吉三はダブルキャストで奇数日は梅枝。私は梅枝が好きなのだが、松也のお嬢吉三にも興味があった。そもそも女装の盗人の役柄なわけだから、松也くらいの線の太さがあって丁度良い気がする。

お嬢吉三と言えば、今日初めてこれが八百屋お七のヴァリエーションだと気付いた。今まで気付いていなかった方が不思議ではあるが、私は普段それほどぼんやり観劇していると言えよう。それから、愛之助は化粧をすると仁左衛門に似てきたなあ。それはさておき、長い通し狂言ながらテンポよく飽かせず進み、全体に若々しく切れのある良い舞台だった。

「二人静」は静御前の霊に玉三郎、若菜摘に児太郎。前半がほとんどお能の静けさで、足袋の擦る音が聞こえるような緊張感。後半は玉三郎と児太郎の息もあって、前半との対照で振りも際立ち、踊りがよくわからない私ながら、ありがたいものを見せていただいた感だった。

2019年9月25日水曜日

「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部、千秋楽

魔法瓶に一合ほど冷酒を詰め、歌舞伎座へ。「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部、千秋楽。本当は夜の部で、仁左衛門の「勧進帳」が観たかったのだが、大人気で良い席がとれず。今月は歌舞伎座通いをお休みするかな、と思わないでもなかったが、月一回の贅沢だ。私は役者の誰彼が好きとかこの演目が好きとか言うよりは、わかりきった芝居をお馴染の役者で見ながら、三味線などの音を聞きながら、飲みながら、食べながら、時々うとうとするのが好きなのである。

「極付幡随長兵衛」は幡随院長兵衛に幸四郎、女房お時に雀右衛門、水野十郎左衛門に松緑など。舞台の中に舞台をしつらえた劇中劇で始まる趣向で有名。大昔からどのジャンルにもある趣向とは言え、いかにも歌舞伎らしい気もする。それはさておき、意外にもと言えば失礼だが、幸四郎がなかなか貫禄があって俠客の親分らしかった。

「お祭り」は鳶頭に梅玉、二人の芸者に梅枝と魁春。長い演目の間に、こういうおめでたい踊りが入るのは悪くない。ちなみに私は梅枝の顔が好きだ。浮世絵の美人のような面長の感じが。

「沼津」は呉服屋十兵衛に吉右衛門、雲助平作に歌六、お米に雀右衛門など。安定感のある配役で、吉右衛門と歌六の息もあっている。導入部の楽しいかけあいから、後半「実は……」と真実が判明しての展開は、いかにも歌舞伎らしい演目だなあ、とあらためて思った。今回は、芝居の途中で突然、追善と千秋楽の口上が入ったりもしたので、なおさら歌舞伎らしさを感じたのかも。


2019年8月19日月曜日

「八月納涼歌舞伎」第一部

気の抜けたスパークリングワインの残りを水筒に詰め、歌舞伎座へ。八月は三部制の納涼歌舞伎である。第二部の猿之助と幸四郎の「東海道中膝栗毛」は例年通りの大評判で即完売、第三部の玉三郎の「雪之丞変化」も最早良い席がない。第一部は今日がお盆明けの月曜日のせいか辛うじて良い席に空きがあり、天気予報によれば気温も低めなので、思い立って出かけた次第。「伽羅先代萩」と「闇梅百物語」。

「伽羅先代萩」は政岡に七之助。八汐と仁木弾正に幸四郎、栄御前に扇雀など。これまで何度も何度も見ているし、私は子役嫌いなのであまり好きな演目でもないのだが、政岡の役を七之助が初めて勤めるのが見所。

そして七之助の政岡は意外に良かった。政岡は女方最高峰の役とされていて、とにかく難しい上に、重厚さと品格が必要だという。しかし、政岡は小さな子供のいる若い女である。男勝りゆえの直情型の浅はかさ、という側面もあるのではないか、などと七之助の素直な演技から深読みさせられた。あと、沖の井の児太郎がきりっとして良かった。座っている姿が美しい。単に私が児太郎贔屓だからではないと思う。

「闇梅百物語」は読売(実は妖怪)に幸四郎、大内義弘(と狸)に彌十郎など。色々なお化けが踊ったり、お化けに見立てて腰元たちが踊ったりがメインの、筋があるようなないような他愛もない舞踊劇。夏らしいと言えば夏らしいし、先代萩のような重い演目のあとの息抜きに良い組み合わせだったかも。