百歳にもなると、人間は愛や友情に頼らずにすむ。さまざまな災厄や不本意な死に怯えることもない。芸術や、哲学や、数学のいずれかに精進したり、独りでチェスの勝負を楽しんだりする。その気になったら自殺する。人間が己れの生のあるじならば、死についても同じである。
「疲れた男のユートピア」(J.L.ボルヘス著/鼓直訳)より

2017年7月30日日曜日

「狙った獣」/「グリッツ」

週末、長時間の移動があったので往復の車中の読書は、買い置きの未読本から、往きには「狙った獣」(M.ミラー著/文村潤訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)、帰りには「グリッツ」(E.レナード著/高見浩訳/文春文庫)を選んだ。「グリッツ」は車中で読み切れず、今日帰宅してから、夕方、風呂上がりにパイナップルを食べながら読了。

「狙った獣」は今まで未読だった古典的名作。これは健康な心の持ち主には書けないな、と思うほど狂気の描写に真実味がある。狂気に首尾一貫した筋が通っていて、ここまで理性的なのは正気だからではなく、むしろ著者も狂っているからではないか。余計なお世話だが、ロス・マクドナルドとマーガレット・ミラーの夫婦生活はどんなものだったのかと、いらぬ心配をしてしまう。夫婦そろってここまで陰気で、狂気で、トリッキィだと、何かとても恐しい日常を送っていたのではないかと……

「グリッツ」でエルモア・レナードを初めて読んだ。面白い。まだまだ世の中には面白本があるのだなあ。スティーヴン・キングはこの「グリッツ」でレナードを「発見」し、読了後ただちに本屋に走って買えるだけのレナード作品を買ったとのこと。私はそこまで興奮はしなかったが、独特のスタイルが味わい深いことは確か。登場人物が一人残らず、皆、それぞれに良い。作品自体もどこがどう良いとは言い難いのだが、すみずみまで良い。ずっと読んでいたいような爽やかさな生命力。それでいて読後、ああ面白かった、で、何も残さず本を閉じられる。